銅版画(Mezzotint)ー動く絵が見せる恐ろしい過去

イギリスの荘園風景

<ストーリー>

大学美術館の収集委員で、英国の地誌に関する絵画や銅版画をコレクションしているウィリアムズ氏は、ある日、馴染みの古美術商から一点の銅版画を紹介される。カタログを読む限り、食指が動くような作品ではなさそうだったが、自分の好みをよく知る古美術商がわざわざ推薦したものなら、それなりの価値があるのだろうと考え、注文した。

ところが、届いた実物を見ると、ありふれた荘園の屋敷が描かれただけの、まったくもって平凡な銅版画ではないか。がっかりしたウィリアムズ氏は、絵の地名だけ調べたら送り返すつもりで、ひとまず机に放っておいた。

その日の夕方、訪ねてきた友人・ビンクスに愚痴をこぼしながら見てみると、心なしか最初に見たときよりも月の光が明るいようだ。しかも、先程は気づかなかった人影のようなものもある。それでもやはり、美術館の予算を使うほどの絵には思えなかった。

夜、別の友人達と会食したウィリアムズ氏は、皆と一緒に部屋に戻り、話の合間に美術好きな同僚ガーウッドに例の絵を見せたが、自分はその時には見なかった。

再び彼が絵を目にしたのは、もう友人達も帰り、いくつかの用事もすませた夜半過ぎのことである。

夕方には無かったはずの人影が、屋敷前の芝生の上に出現しているではないか!
それは、背中に白い十字架が付いた黒い衣装をすっぽりかぶり、四つん這いで屋敷に向かってにじり寄っている様子だった。

ウィリアムズは鍵付きの引き出しに絵をしまうと、自分が見たことを書きとめ、署名をした。
そして翌日、隣室の住人・ニスベットに絵を確認してもらうと、「月が欠けていくところで、人影はなく、屋敷の一階の窓が開いている」ということだった。

ウィリアムズに呼ばれて来たガーウッドの証言によると、

・人影は昨夜の時点では絵の隅の方にいて、
芝生を歩いてはいなかった
・背中に白いものは見えたが十字架と気付くほど
ではなかった

ということが分かった。

ガーウッドの証言を記録し、写真を撮ると、3人はしばらく外出して時間を潰すことにした。
絵の変化には時間が掛かるし、日中は何も起こらないという気がしたからである。

午後5時頃、3人が戻ってくると、果たして絵には変化があった。

屋敷の一階の窓は閉じられ、芝生の上には立ち上がって大股でこちらに歩いてくる人影があった。
幸い顔は見えなかったが、不気味なほど痩せこけており、両手には小さな子供のようなものをしっかりと抱きかかえている。

しばらく絵を観察したが変化が見られないので、再び時間を潰して戻ってみると、人影はいずこかへ立ち去っていた。

この屋敷ついて徹底的に調べた結果、エセックス州のアニングリー館だと分かった。

館の持ち主であったフランシス家は、1802年に最後の後継者となる子供が謎の失踪を遂げたために、断絶していた。その父親であるアーサー・フランシスはアマチュアながらこの地方では名の知れた銅版画家だったが、息子の失踪後アングリー館に隠退していた。そして失踪からちょうど3年目の日、館の銅版画が完成した直後に仕事場で死体となって発見されたという。

その後、エセックス州の歴史を知る老人から、聞いた話は以下のとおりである。

「アーサー・フランシスの荘園には密猟者がよく侵入しており、その一人にガウディという男がいた。
アーサーは密猟者を領地の外へ追放していたが、ガウディは古い家柄の末裔で権力を持っており、どうしても捕まえることができなかった。
ところがある日、荘園のはずれで見張人に見つかったガウディは、見張人を撃ち殺してしまった。
アーサーはすかさず彼を訴え、ガウディは絞首刑になった。」

続けて老人はこう言った。

「フランシス家の跡取り息子が失踪した当時、ガウディの仲間が誘拐したのだろうという噂があった。しかし、密猟人もまさかそんなことはしないだろう。

ガウディ自身がやってのけたことのように思えてならないのだ。」

それ以来、銅版画が変化することはなかった。

 

作者の M.R.ジェイムズ について

イギリスの学者であり小説家であるM.R.ジェイムズは、フルネームを モンタギュウ・ロウズ・ジェイムズ といいます。日本では M.R.ジェイムズ と記述される方が多いようです。
イギリスの名門イートン校の学長を務める傍ら、数々の怪奇小説を執筆しました。また、教会、聖書、古書、美術品関係の研究も行っており、彼の怪奇小説もそれらをテーマにしたものが多くあります。
彼の作風は古典的なゴーストストーリーで、大抵は平穏な日常生活を送っている人物が、偶然奇妙な出来事に巻き込まれるという形になっています。

 

 銅版画 とはどんなもの?

メゾティントで描いた絵

その名の通り、銅版を使った版画です。
銅版画は銅板の平面部についたインクは拭き取られるので残らず、溝部分に残ったインクが紙に転写されます。

銅板の加工方法は大きく分けて2種類あります。直接法と間接法で、それぞれの中で更に加工方法が分かれています。

  • 直接法:直接銅板を彫り込んで凹凸を作る方法
    →ドライポイント、メゾティント、エングレーヴィング
  • 間接法:銅板を腐食させることで凹凸を作る方法
    →エッチング、アクアティント

 

今回紹介した作品「銅版画」の原題は「Mezzotint」、そう 直接法のメゾティント です。

メゾティントの大まかな製作方法

  1. 器具を使って版面全体に細かい点を打ち、小さくめくれた部分をくまなく作ります。
  2. 次に、スクレーパーというヘラのような工具で、めくれた部分を削ったりならしたりして、絵を作っていきます。
  3. 最後にインクを擦り込み、表面を拭いて平坦な部分のインクを落とし、紙に刷ります。

メゾティントの仕上がりは、全体的にしっとりとして暗い印象のものが多いようです。

なお、メゾティントの作成方法は、こちらのサイトを参照しました。
他の方法についても説明があるので、興味のある方はリンク先をご覧ください。

 

アニングリー館はどんな荘園邸か

アニングリー館の外観については、こう描写されています。

“窓が三列並んでおり、質素な窓枠を田舎風の煉瓦が囲んでいる。それぞれに、球体または花瓶状の装飾をほどこした手すりが付いている。玄関は柱がいくつか並んだポーチ状のものだ。家の両側には立木があり、前面はかなり広い芝生になっている。”

“「英国の田舎の屋敷……(中略)ええと、三列の窓があって……一列あたり5個あるね……一階の中央には玄関がある……」”

この記事を書くにあたって、イギリスの荘園邸の写真を探してみました。イメージはだいたいこんなところでしょうか。

アニングリー館に近い形の屋敷

 

 

絵が動く というモチーフの魅力

上の絵は、作品に出てくる銅版画のイメージを描いてみたものです。右下にフードをかぶった人影が現れるという変化が起こり始めた段階です。

描かれた人物の顔が変わるとか、絵と会話ができるとか、そういう話も良いのですが、絵が一方的に何かのストーリを見せてくるというのは、非常に幻想的でロマンチックな仕掛けです。

とはいえ、この作品が見せる光景は甘美なものではなく、あきらかに不穏な事件なのですが。

私は、M.R.ジェイムズの作品の中で、この銅版画が一番気に入っています。
動くはずのない絵がじわじわ動く、それも意味ありげな光景を見せてくるのです。絵の裏に残っている千切れた書き付けを手がかりに、場所を特定し謎を探っていく、という過程がワクワクします。
この先何が起こるのか、現実に何が起こったのか、そんなミステリー要素に興味をかき立てられるし、それが解明されていく様子にはどこか心地良さがあります。

短いあらすじではその感じをお伝えすることは出来ませんが、きちんと作品を読んでいくと、じわじわ変化する絵と共に、こちらもじわじわと話に引き込まれてしまうのです。

実際に本を読んで頂くのが一番なのですが、残念ながら現在この話が収録されている本は絶版になっているようです。もし図書館で見かけることがあったら、ぜひ読んでみて頂きたいと思います。

○創土社版
・M.R.ジェイムズ全集 上・下

○創元推理文庫版
・M.R.ジェイムズ怪談全集 1,2
・M.R.ジェイムズ傑作集

また、原文(英語)を無料で読めるKindle版もあります。

赤月

赤月

幼少時代に小泉八雲の「怪談・奇談」や上田秋成の「雨月物語」を読み聞かせてもらってから怪談に興味を持ち、怪談・怪奇小説と中心としたオカルトの探求がライフワークになりました。 その他のオカルトでは、占いや世界のミステリーに興味があります。 サブスキルは絵描き。